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看護部から

統括看護部長の村井です。

私の看護の基本は『思いやり』です。どれだけ他を思いやれるか? 他というのは、患者さんであったり、患者さんの家族であったり、一緒に働くスタッフ(他職種も含む)。いかに対象となるその人を思いやれるのか? ということにつきると思います。これは、当法人の基本理念である「安心・信頼・真心」にもつながると思います。

当法人は外来だけのクリニックだったり、僻地の有床(19床)診療所だったりと医療施設としては小規模です。ですが小規模なりに地域との繋がり・密着ということに重きをおいております。地域の方がたのニーズや長年その地域で暮らしてきた方々の思いに沿った看護を提供したいと考えております。

例えば外来の患者さんたちは当然ながら、受診後はそれぞれの生活の場に帰ります。その時、それぞれの社会に戻った患者さんをどれだけ思い描けるか? どうしてお薬をきちんと飲めないのか? どうして食事・運動療法が実行できないのか?

また、入院されている患者さんには、そこに至るまでの人生や社会経験があり、それぞれ違ったプロフィールをもった人生の先輩です。 どうして入院までに至ったのか? 今どんなことが苦痛なのか? 体にどんな問題が起きているのか? それぞれの「どうして」に、それぞれの事情があると思いやって初めて、その人にあった看護がみえてくると思うのです。

でも大事なのは、他を思いやるには、まず自分自身が他を思いやるだけの余裕がないとできないということです。精神的も身体的にも、いっぱいいっぱいの時は、周りを見る余裕すらなくなってしまいます。だから、基本自分自身をも思いやれる人でないと、よい看護は提供できないと思います。

自分も含む周りをも思いやる心、その思いやりを看護の『コア』にしています。

医療法人恵尚会 看護部長
村井 真由美

統括看護部長 村井ブログ『部っちょのつぶやき』

部っちょというのは、開院当時まだ現場で看護師として働いていたときに、小児科にかかっていた女の子がつけてくれたニックネーム(?)です。気に入っている呼び名なのでタイトルにしました。

変化(change)と変革(innovation)

2018年6月

お久しぶりのつぶやきです。
公私ともに、ここ半年ほど激動の渦に巻き込まれたかのような変化の中で、つぶやく暇もありませんでした。

そんな中での今回のつぶやきは「変化(change)と変革(innovation)」です。

昨年私はある研修に参加し、貴重な知識と経験、仲間を得ることができました。その学びの中で、私にとって印象深かったものが、ある講義の中で「変革理論」についてでてきた、ダーウィンの引用文でした。

強いものが生き残るのではなく、
  賢いものが生き残るのでもない。
  変化に対応できるものだけが生き残れる。(Darwin.C,R,)

壮大な話になりますが、地球の歴史は上記の言葉を裏付けているのではないでしょうか? 強かった恐竜の滅亡。人類の進化も然り…。

そう考えたとき、これはそのまま現代の今にも言えるのではないか?ということに気づいたのです(今更?と突っ込まれそうですが…)。

古い歴史や伝統のある企業やお店、病院ですら時代のニーズに応じられなければ、生き残れない現実です。「昔はこうだった」「今まではこうやってきた」「これで伝統を守ってきた」「今までのやり方でうまくいっていた」。

人は輝かしい過去や歴史があればある程、それを守ろうとし、変わることを拒みます。でも、それでは生き残れないのです。新しいものだけがいいと言っているのではなく、その時代のニーズにあった柔軟な思考・変化・変革が大事だということです。

そう考えた私の頭に浮かんだのが、中学か高校で学んだ平家物語の冒頭です。

祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
  沙羅双樹の花の色 業者必衰の理をあらわす
  おごれる人も久しからず ただ春の夜の夢のごとし
  猛きものもついには滅びぬ ひとえに風の前の塵に等し

あの頃暗記させられたせいか(?)漢字は忘れていましたが、文章や意味はけっこう覚えているものですね(一応ネットで調べなおしましたが…)。

この世の全ての現象は絶え間なく変化していくもので、変わらないものなどないと、日本の古人も言っているのです。どうせ変わるのなら退化ではなく、進化したいものです。

私の場合、さしずめ「部っちょ」から「スーパー部っちょ」への進化を遂げたいものです。

またまたの感動編と、ちょっとまじめに「地域包括ケアシステム」について

2017年7月27日

「人は生きたように死ぬ」

これは私が四半世紀以上看護師として医療現場にいて、多くのことを感じたり、患者さんから学んだりして得た私なりの格言の一つです。

さて、どういうことかというと、人が終末期を迎え人生の幕を閉じようとしたとき、その場が病院だったり、自宅だったり、介護施設だったりとその人それぞれかと思いますが、家族が周りについてくれたり、苦しんだり、満足した笑顔だったりとこれまた人それぞれです。

でも私が看てきたそれぞれはその人の生き方を最後に凝縮している感じなのです。

自分のやりたいことをやりたいように生きて、家族をも顧みず、ずっと一人で闘病していたのですが、最後の最後に娘さんが付き添って、娘さんに見守られながら旅立った男性。

ずっと定年まで仕事一筋(家庭のことも含め、仕事以外はすべて奥様任せ)のご主人をこれまたずっと支え続けた主婦が病に倒れたとき、身の回りのすべてから家のことまで献身的にやり通した旦那様に見守られながら、それでも心残りのありそうな顔で旅立った女性。

つい最近もこんな話を一人の患者さんから聞きました。

その方はご夫婦で農業を営んでいたのですが、ご主人が癌を患いながらも、常に奥様のことを気遣い、通院の時も仕事もすべてにおいてご主人が取り仕切ってやってらっしゃいました。そのご主人はというとつらかったり、体がしんどかったりすることもあったでしょうに、受診時はいつも笑顔で、実年齢を聞くとびっくりするくらいの若々しさでした。そんなご主人も癌が転移して、大好きな仕事もできなくなり、奥さん一人に任せるのが何より辛そうでした。なんでも自分でやってきた方にとって、仕事だけでなく、自分のことも面倒見てもらわなければいけないことが何よりつらかったようです。

奥様はできる限りの治療は病院でやりつくして、最後は在宅で一緒に過ごしたいという選択をして半年ほど、往診や様々なケアを利用しながら今年の5月に自宅で最期を看取ったとのことでした。その時のご主人の顔がとにかくきれいで、弔問に来た方々からもこんなに綺麗な仏様を見たことがないと言われたとちょっと誇らしげに、そして半分目的を失って放心したような表情で私に教えてくれました。そのご主人の顔がその人の生きてきた人生を物語っているのだと、改めてしみじみ思いました。そんなきれいな顔で旅立たせた奥様もすごいなあと、部っちょ感動しました!!

なかなか進んでおらず、絵に描いた餅じゃないかと現場で思っていた「地域包括ケアシステム」ですが、着々と地盤が固められ、臼でちゃんと餅つきされ、口に入るまでなっているだとこれまた感動!!

残年なことに今回のこの方の在宅ケアには関われませんでしたが、うちのようなクリニックが「地域包括ケアシステム」への関わりのヒントをもらったエピソードでした。

感動した話 PartⅡ

2016年11月

その人は、清々しい笑顔でこう言ったのです。
「私は、(癌という)病気にはなったけど、病人にはなりたくないの」と…。

その人は、当クリニックの患者さんではなく、当クリニックの整形外科に通院している患者さんSさんの姪御さんでした。
Sさんは遠方からわざわざいらしてくださっていて、しかも腰や膝の痛みがあり、通院がとても大変でした。そこでSさんの姪御さんが、自分の病気の治療が入っておらず、都合がつく日はSさんの送迎をしてくれていたのです。

Sさんからそのことを聞いた私が、姪御さんに「ご自身も病気の治療をして大変なのに、おばさんの面倒までみてらして、すごいですね」と言った私に返ってきたのが、文頭の「私は病気にはなったけど、病人にはなりたくないの」のお言葉だったのです。聞くと、抗がん剤の治療もしていて、副作用が出る期間は確かに体がつらくて大変なときもある。でも落ち着いている時は、できるだけ普通にやりたいことや、できることをやるように心がけているとのことでした。

そうたんたんと語るその人は、決して病人ではなく、病気にも見えませんでした。またまた、部っちょ感動しました。

私の好きな歌の歌詞の一節に「死を恐れて生きることができない」というのがあります。その人も、死に対する恐れはあるはずです。でもその人は、その一瞬一瞬生きていました。死に向かって生きるのではなく、生に向かって生きていました。

整形外科医師が変わって、Sさんが通院しなくなり、Sさんの姪御さんその人にもお会いしていないので、その人が今どうしているのかわかりませんが、私の中には、あの言葉と共に生きています。

こんな宝物のようなエピソードをご褒美に励まされる村井です。

ちょっといい話

2016年8月

当クリニック小児科をかかりつけにしているR君(5歳)。その日も、数日続く38℃台のお熱と風邪症状で受診。血液検査で強い炎症反応がでて、抗生剤を含む点滴の指示が出ました。注射が大嫌いのR君。針を刺されることに大泣きで、「嫌!!」の一点張り。

当クリニックでは、小児科であっても、検査・処置の場合、必要性を説明して納得してもらったうえでというのがモットーなので、その時もR君に説明しました。

「今R君の体の中では、ばい菌が暴れていて、お熱が出て苦しいから、注射してばい菌やっつけたら、楽になるよ。元気に遊べるよ」と説明したのですが納得してくれません。

そこでちょっと姑息とは思ったのですが、半年くらい前に生まれたR君の妹、Aちゃんのことを引き合いに出して、「R君がしっかり治さないと、かわいいAちゃんにもうつるかもしれないよ。Aちゃんまで具合悪くなったら、かわいそうだよね」と言ったとたん、「嫌だ!」を連呼していたR君、じっと考え込み、しぶしぶですが点滴を受け入れ頑張ってやらせてくれました。

その時、私部っちょは感動しました。自分が楽になったり、元気になったりするためには頑張れないけど、幼い(十分彼も幼いのですが…)妹の為には頑張るって!
今の社会、自分のことで精いっぱいの大人が多い中で、自分より他のために頑張るR君の姿に、部っちょ、感動!!

医療の現場では、日々こんな宝物や宝石の原石発見!といった出来事に出くわします。それが私にとってのご褒美にもなります。

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